【HSC】私の不登校時代と、親に望んでいたこと

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私は自分がHSPであると知ってから、色々なHSPの方と交流をするようになりました。

 

すると、「子どもが不登校になってしまって、HSCかもしれない」という親御さんとお話することもあります。

 

  • 子どもが不登校になってしまった。
  • どうやらHSCという気質っぽい。
  • 一体、何がしてあげられる?

と、HSCである子どもとの接し方に悩む人は少なくないのかもしれません。

 

私自身、中学時代に不登校気味になった経験があるので、他人事とは思えないんですよね。

 

そこで今回は、私が不登校時代に「親に望んでいたこと・求めていたこと」を書いていこうと思います。

 

子ども(HSC)との接し方の参考になれば嬉しいです。

 

 

 

HSCとは?

 

HSC(Highly Sensitive Child)は、アメリカのエレイン・N・アーロン博士によって提唱された概念で、「ひといちばい敏感な子」のことです。

 

あらゆる刺激に敏感でささいなことにも動揺してしまうことから、「敏感気質」なんて呼ばれることもあります。

 

同じくエレイン・N・アーロン博士が提唱した概念にHSP(Highly Sensitive Person)というものがあり、HSCはそれの子ども版です。

 

以下の記事はHSPについて書いてあるものですが、HSCとHSPは言葉上での違いしかないようなので、なんとなく敏感気質のことが分かると思います。

 

 

また、HSCに関してはこちらの本が参考になります。「もっとHSCを知りたい」という方は読んでみてはいかがでしょう。

HSCである私に、学校生活は刺激が強すぎた

 

先ほど、「私は中学時代に不登校気味になった」と言いました。

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全てが敏感気質(HSC)のせいではありませんが、大きく影響していたのは部分もあると思っています。

 

HSCである私には、学校生活は刺激が強すぎたんですよね。

 

  • 部活の顧問の怒鳴り声
  • 休み時間中の騒がしさ
  • 外向的人間を求める社会性
  • 朝から長時間の拘束

などなど。学校生活のあらゆる面で息苦しさを感じていました。

 

いじめられているとか、そういう決定的な理由があるわけでもないのに、学校に生きたくない。そんな状態ですね。

 

もともと内気な性格もあるのでしょうけど、私にとっては刺激が強すぎる環境でした。いま振り返っても、そう思います。

 

そして、徐々に学校に行かなくなりました。

 

先ほど「不登校”気味”」と書いたのは、完全な登校拒否状態ではなかったから。行ったり行かなかったりの生活をしばらく続けていたんです。

 

当然、親とケンカになることもありました。

 

私が不登校時代、親に望んでいたこと

 

わがままな話、私が不登校時代に親に望んでいたことがあります。

 

それは、「学校に行かないことを責めないでほしかった」ということです。

 

行かなきゃいけないのは自分が一番分かっているし、「このままでいいのか?」という焦りだって感じていました。

 

でも、学校に行きたくない。

 

中学生ぐらいの年齢だと精神的に未熟で不安定な部分もあるので、「学校に行かないといけないのは分かってるけど、行きたくない、どうしていいか分からない」という状態だったんです。

 

だからこそ何も言わずにそっと見守ってほしかった、というのが当時の私の本音でした。

 

子ども(HSC)は安心できる存在を求めているのかも

 

子どもって、すごく狭い世界で生きていると私は思います。

 

だから、学校に居場所を見出せなかったら家庭にしか居場所がなくなってしまうわけです。

 

でも、もし家庭にも自分の居場所がなかったら・・・。考えただけでも恐ろしいですね。

 

私の不登校時代を振り返ると、「安心できる存在」を求めていたように思います。

 

安心できる存在というのは、「ありのままの自分を受け入れてくれる人」のこと。

 

そして、まだ小さな子どもにとっての安心できる存在になりえるのは親だけだと、私は思います。

 

おわりに

 

当時のことを思い出しちゃって、ちょっとつらかったですが、がんばって記事にしました。

 

「子どもがHSCみたいなんだけど、接し方が分からない」という方の参考になれば嬉しいです。

 

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